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zoom RSS 私の場合のうつ【4】-病院へいくまで-

<<   作成日時 : 2006/10/27 23:06   >>

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ひとりの時には毎日泣いていたけれど、つらい気持ちを誰にも打ち明けられずにいた日々。今考えれば、このときが私の中で一番辛かった時期だ。何と表現すればいいのだろうか、ただただ目の前のことだけをぎりぎりと歯を食いしばって我慢してこなしていたとき。
いつまで我慢すればいいのか、どうして何のために我慢しているのか、そんなことも考えられなくなってしまっていた。
楽しみもなくなっていたから、時間が過ぎるのはゆっくりだった。
「何の希望もない」そんな考えが私の心の中心にあるだなんて。自分でも想像したこともなかったが、現実にはそうなってしまったのだ。
夫はその年の秋、タイへゴルフ旅行に出かけるといって楽しそうにしていた。現地法人のエライさんを交えて気の合う会社関係者で贅沢に楽しんでこよう、という趣旨の一週間だ。
私はひとりで残される不安と自分にはない気持ちであるワクワク感で一杯な夫をうらやんで、暗い顔をしていたらしい。「羨ましいの?」と夫は明るい顔で聞いてきた。生返事をしている私にさらに「アンタはどこに行きたいの? 言うだけならタダだよ、言ってごらん」と言う。私は「どこにも行きたくない。行きたいところなんかない」と答えた。
この会話を夫は私がふてくされているだけだと受け止めたようだが、私は自分自身で驚いていた。行きたいところがどこにもないのは、そのときの正直な気持ちだったが、それを言葉にした自分の状態は普通ではない(そんなことを言うのは私ではない)から。
うつ病かもしれない。そのときに初めてそう思った。
私にとって「うつ病」は全く知らない病気ではなかったが、同時に自分とは全く遠いところにある病気だとも思っていたので、その疑問にしたがって行動を起こすのには、まだしばらく時間がかかった。
夫は私と結婚する前、抗鬱剤を飲んでいた時期があったらしい。詳しい話は聞いたことがなかったが、それらしいことを言っていたのは覚えている。義母も少し前にうつ病の診断を受け、仕事をやめていた(一緒に暮らしている義父や義妹は大変だったらしい)。
誰もが(私自身も)私がうつになるとは思っていなかった。
我慢しつつ会社に行っていたが、ものすごく頭が痛かったことがある。夫に「もし今もうつの薬を持っているならくれないか」と頼んだ。夫は「抗うつ剤は飲んですぐは効かないんだよ。飲み続けなくちゃいけない薬なんだ。どうしたの?」と聞いてきた。「頭が痛いの。どこも具合が悪くないのに」そう言った私に、夫は「アンタのはうつじゃないよ。鎮痛剤でも飲んで寝なさい。どうしても辛いのなら今度すごい効くやつ個人輸入で買ってきてあげるけど」(←これはプロザックのことなのか?)と軽い調子で言った。
そうか。抗鬱剤と言うのは飲んですぐ効くものじゃないんだ。そんなことすら知らなかった私は、インターネットでうつ病について調べ始めた。今の自分の状態は、果たしてうつ病なのか否か。ネットにはうつの「自己診断テスト」のようなものが沢山あった。やってみた。
結果はどこのテストも「早く専門医にかかりましょう」という危険域の結果ばかりだった。
ネット上のテストを鵜呑みにするつもりはなかったが、一度病院に行った方がいいのかもしれない、そう思って、今度は病院を探した。精神科で行きやすそうなところを検索をかけ、それぞれの病院のHPをのぞいて回った。
そうやって病院を探していたのはどのくらいだったか。その期間もどんどん追いつめらるような気分の中、隠れて泣きながら仕事をしていた。料理もモタモタ無駄な時間を作りながらも何とかやっていた。病院へ行ったからといって何かが変わるとは思っていなかったので、候補のクリニックはいくつかに絞ったが、予約の電話をするまでには至らなかった。後ろ向きだった。
なのに受診を決意したのは、決定的なある出来事があったからだ。何の電話だったかもう忘れたが、何かの手続きの電話で「ではお電話番号をどうぞ」の問いに、頭が真っ白になって自分の家の電話番号が答えられないということがあったのだ。忘れるわけのない自宅の電話番号、それなのにどうしても局番が出てこない。あわてて「携帯でいいですよね」と言って(かろうじて090から始まる携帯番号は言えた)その場を取り繕った。
だめだ。これはおかしい。そう思って、決意した。その晩、候補の中から「夜遅くまで受け付けている」というのが決定打になった『メディカルケア虎ノ門』に決め、帰宅した夫にHPを見せて言った「ここに行こうと思うんだけど」 それを言うだけなのに、泣いていた。もう限界だった。
夫はその時にも「アンタはうつじゃないよ」と言っていた。けれど、会社がいやだからそう言っているに違いない、会社を替われば元に戻る、と信じていた夫は「一体何がそんなに辛いの?」と初めて聞いてきた。私は何が辛いのかを説明したが、自分の中でも混乱していたためか、夫の思い込みが強かったせいか、わかってもらえる説明にはならなかった。「でもまぁ行けば気が済むんだったら、いいんじゃない?」という極めて消極的な意見をもらい、私は翌日のお昼休み、クリニックに電話した。
電話したその当日はいっぱいだと言われたが、翌日の夜19:00に予約を入れてもらった。電話に出た女性は、とても穏やかに優しく道順を教えてくれた。「お気をつけていらしてください」そう言われた気がする。
翌日の初診は平成16年11月17日。今も大事にとってある診察券には、初診のその日付が表に記されている。

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