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認知療法というものがある。 うつ病などに効果がある(一説によると投薬と同等とも)とされている精神療法である。 考え方の癖を知り、認知(物事のとらえ方)の歪みを矯正するためのトレーニング方法を学ぶ・・・という風にとらえてよいだろう。 「考え方の筋トレ」と称する人もいる。 『正しい思考』を与えてもらうのではなく(第一そんなものはない)、柔軟で現実に適した考え方ができるように「自分の力」を鍛えるものだ。 私はこれをうつ病の治療過程の中で学んだ。 主治医であるところの五十嵐良雄院長の方針で、『再発予防(再休職予防)のための集団認知行動療法セミナー』が患者受講者10数名の規模で企画された。 その第1回目に「デイケアの卒業生を優先しているから、ぜひ受けなさい」と、何度も何度も何度も何度も勧められた。卒業して再就職したタイミングだった。 プレセッション(本格講義に入る前の準備回)を含め、週に一度で全9回。期間にして2ヶ月以上になる。費用は保険の適用外なので自費。 費用がかなりかかること、9回の全てを出席することの大変さが気にかかって、勧められたからと言っても即断は出来なかった。しかし、再就職先でのあまりに大変な環境に振り回されるタイミングで、「自分に必要なものかもしれない」と思いなおし、受講を決めた。費用はヘソクリから出した。 2005年7月、全行程を終了した後で書いた記事がある。 当時にはわからなかったが、うつ病という脳の機能不全で起きる病気に、認知療法という精神療法がどれほど治療効果を持っていたのか、今思い返すといろいろなことがわかる。 うつ病は『心の病』だと言われている。もちろんそれは間違いではない。 うつ病は『脳の機能不全で起きる』と言われている。もちろんそれも間違いではない。 実は原因を追究することにさほどの意味はない。 病理的な原因は、平たく言えばまだ解明されてはいない。脳の機能不全(神経伝達物質の減少)が原因だというのが現在もっとも有力な「仮説」だが、それが何故起きるのかは分かっていない。分かっていないが、治療は出来る。そういうものだ。 個々人の発病の原因は、さらにもっと追求する意味はない。原因を突き止めても、そしてそれを排除しても病気は治らないからだ。環境によって病気になった(病気にさせられた)と、当事者は思いやすい。その環境を変えることでしか治癒はないという風にも思いやすい。 けれどそれは違う。確実にうつ病になる「原因」なんてものはない。 環境と自分の受け止め方の組み合わせで、病気になったりならなかったりする。 環境を変えなくても病気は治るし、環境を変えても自分が変わらなければ同じことが起こる(確率が高い)。 うつ病は心の病なので、心(思考や気持ちと言い換えてもよい)を蝕む。 身体の不調と共にあらわれる精神症状とよばれるもの、くよくよ考えたり過剰に反応して泣いたりする心の不調は、病気によるものだ。そして、その時にはその「思考が病気で普通じゃない」ということの自覚はない。自分は昔からずっとそういう考え方をしていると思っているし、その考え方以外のものがあることすら、思い至らない。 私もそうだった。 「自分はなんてダメで、なんてちっぽけなんだ」 「世の中全てが、オマエナンカイラナイと言っている」 そう思っていた。他の考えなんか思い浮かばなかった。 認知療法では、自分の思考や気分を書き出して分解する作業がある。 身近な出来事に題材をとり、その時にとっさに頭に浮かんだ考え(自動思考)を書き留める。 その思考の根拠を探す。何故そう思うのか、の根拠となる「事実」だけを。 ここで私はとても苦労した。 思い込みや想像ではない事実だけの根拠、は探してもなかなか見つからない。 ○○だから〜〜〜、とか××だったから〜〜〜、とか、挙げても「それは事実じゃないですよね?」「そこにはmoonさんの思い込みが入っていますよね?」とか指摘される。 うーん、そうかも。そうやってそぎ落としていくと、実にそっけない小さな「事実」しか残らない・・・そんなケースがいくつもあった。 今考えれば、「客観的な事実ではない偏った思い込みをもとにして、歪んだ思考をしていた」ということを端的にあらわしているんだろう。 根拠をもとに反証し、自動思考と反証を振り返りいくつかのアプローチを経て、「適応的思考」を導き出す。その過程で考え方が変われば気分も変化する。 そうやって自分の心と身体の両面をコントロールする力を身につけてゆく。 多分普通の人には無意識に出来ていることだと思う。 今の私は、かつての自分を思い出してみて「なんてひねくれた捻じ曲がった思考をしていたんだろう」と、呆れたりすらする。 2004年の夏からずっと、毎晩のように泣いていた。 「もうダメだ」とずっとその言葉が頭から離れなかった。 けれど、その時の気持ちはたしかにそうでも、そう思う「根拠」はなかった。何がどうなると「ダメ」でそれはどういうことなのか、実体の無い空っぽの「ダメ」だったのだ。 仕事を辞めても、翌日から食べられなくなるわけではない。 人並みの事が出来なくても、世間に迷惑をかけるわけではない。 次の仕事がずっと見つからないと、決まっているわけでもない。 絶望するような根拠はない。自分で自分を追い込むな。 今ならそう思う。 根拠のないことで思考を突っ走らせない。 これは今も常に気にしているし、心に留めておかねばならないことだと思っている。 ぐるぐると負のスパイラルに陥っている時に、「他の考え方をしろ」と言われてもそれは無理だと思う。 だが、自分がしがみついているその思考の根拠は何か? それは誰でも必ずそう思う「事実」なのか? それはちょっと考えてみてもいいと思う。 その思考の根拠はなんだ? 認知療法で目からうろこが落ちるように腑に落ちたのがこれって、なんかずれているのかな、とは思いつつ、今のところ私にとっては、これが最強の「うつ思考脱却のための切り替え法」である。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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moonさん、こんにちは。 |
いさか 2008/01/24 16:22 |
★いさかさん、こんばんは。 |
moon 2008/01/24 22:39 |
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